この世の始まり#6(生命の起源)

生命の起源、命の大元

宇宙とその中に存在する物質が法則に従って動いていることを天は意識できるようになりましたが、どれだけ様々な物質を創っても、宇宙の中での動きは同じ法則に従うだけでしたので、またつまらなくなって、もっと面白いものを創ろうと意図しました。

それで勝手に動いて(移動して)勝手に増える生物と言うものをある星の上に創りました。

ただし生物を創るには物質を創る時とは異なる特別な意図が必要でした。

それを天はと言いました。

「愛」をまだ単なる物質である生物に注入したものをと言いました。

命を与えられた生物は勝手に動くようになりましたし、勝手に分裂して新しい個体を作って繁殖するようにもなりましたし、また天がいちいち個々に愛を注入しなくてもなぜか命は自動的に新しい個体に移されるようになったので面倒くさくなく面白かったのです(笑)。

ただ命はなぜか一つの個体毎にずっと留めることができませんでした。

それを寿命と言いました。

生物の個体から抜け出た命は別の個体に移り、その個体はただの物質に戻ります。

それをと言いました。

生物には個体としての誕生という始まりと死という終わりがあり、また自由にあっちこっちに動けるので、生物には時間空間と言う概念が与えられました。

時間は私たち人間にとって過去(誕生)から未来(死)へと進んでいくという感覚があたりまえであり、空間も自分の周りにあたりまえに感じられるものです。

私は「時間」とは生物が生まれてから死ぬまでの「間」の「時」のことだと考えます。

生物が死んだら時間感覚はなくなります。

日本語の「時」には「解く」と「常(つね)」の二つの意味が重なってうまれたという説があるそうです。

「解く」とは解放されると移り変わるという意味があり、生きている間のことです。

「常」には普遍的なことやずっと続くという意味があり、死んで命が別の個体に移っても天の一部つまりすべてと同じであることです。

相反する意味が重なっていてとても興味深いです。

現在の科学では「時間」はあくまでも人間が作り出した概念に過ぎず、物理的に存在するものではないという説もあります。

「時間」にも諸説があり絶対なものはないようです。

「空間」について現在の科学では、アインシュタインの相対性理論での三次元空間と時間を合わせた四次元時空間という物質とエネルギーに影響を受けるという概念と、量子論においては真空中も物質と反物質が生成消滅し、エネルギーに満ちているダイナミックな場であり、また場の量子論では場の振動状態によって素粒子や力として認識できるなど様々な理論があります。

仏教での「空」は実体のないものであり、「縁起」によって「色」として「唯識(心の働き)」で認識されるけれども一時的なものであり常に移り変わることのようです。

般若心経で有名な「色即是空、空即是色」の通り、人間が外界を五感で捉えること(観測すること)で空間があり物質が存在している(色)と認識しますが、その本質はすべて目に見えないエネルギー(空、天のデータ)だと語っているのだと思います。

確かに量子論の観測問題と同じことを語っているようです。

「空間」にも様々な解釈がありますが、私は人間の五感と言う感覚器官が外界を感知して脳内で処理されたデータを意識することで自分の周囲環境という限られた場とその広がりを認識できることだと考えます。

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