最初に1902年に書かれた自己啓発本の礎と言われるジェームス・アレン著のAS A MAN THINKETH(「原因 cause」と「結果 effect」の法則)を取り上げてみます。私が読んだのは2003年4月25日にサンマーク出版から初版発行された坂本貢一訳の本です。最初にこの本を読んだ時はかなり感動した記憶があります。「原因と結果の法則」はその通りだ!と思いましたが・・・
タイトルページの次の最初のページに『心は、創造の達人です。そして、私たちは心であり、思いという道具をもちいて自分の人生を形づくり、そのなかで、さまざまな喜びを、また悲しみを、みずから生み出しています。私たちは心の中で考えたとおりの人間になります。私たちを取りまく環境は、真の私たち自身を映し出す鏡にほかなりません。』とあります。
まさにこの本全体を自ら要約したような文章だと思います。要するに「思考は現実化する」と言うことと同じですが、その理由と根拠はまだ語られておりません。心とは意識のことであり、意識には顕在意識と潜在意識があります。思い(顕在意識)によりさまざまな出来事が起こり、心の中(潜在意識)で考えた通りの人生になるとのことだと思いますが、どうしてそうなるのか?という理由、その根拠を知りたいと思いました。
「はじめに」には『みずからの手で、「自分こそが自分の人生の創り手である」という真実に気づくのをうながすことにあります。』とあります。
そうなんです!どれだけ素晴らしい本をたくさん読んでも、表面的には理解したつもりになっても、「みずからの手で」これが「真実(真理)」だと完全に理解し腑に落ちなければ、信じられませんし、みずからの考えを変え行動し続けることはできないと思います。私は数十年間の読書などを通じて、真理の探究を続け、やっと最近「そういうことだったのか!」ということに気づいたつもりです。今、私が信じている真理については以下のリンクから「私の信じている真理」のページをご参照ください。
※今、私が信じている真理についてはこちらのページをご覧ください。
思いと人格
なかでも人格は、私たちがめぐらしているあらゆる思いの、完璧な総和です。
そして「心」の中の思考という種(原因)が意識的であろうが無意識的であろうが行動という花となり、喜びや悲しみという果実(結果)として現実化する。
「原因と結果の法則」は目に見える物質の世界においても、目に見えない心の世界においても、つねに絶対であり、ゆらぐことがないのです。
思いの総和が人格であるならば、これまでの人生でめぐらしてきた思いすべてを今(顕在意識で)思い出すことは出来ませんので、現在の意識だけで認識してしまい、自分で自分の真の人格を理解することは難しいと思います。その顕在意識で思い出すことの出来ない「これまでめぐらしてきた思い(潜在意識)」はどこにあるのでしょうか?思い出すことは出来るのでしょうか?
思考(無意識を含む)が原因となり、行動し、結果が現実化するのが「原因と結果の法則」であり、この法則は目に見える物質の世界でも目に見えない心の世界でもつねに絶対であると語られます。「思考は現実化する」と語られます。ナポレオン・ヒルの著書と同じです。どうして絶対と言えるのでしょうか?
ある量子科学者によれば思いもエネルギーの一種で波動だったり素粒子(光子=フォトン)だったりするそうです。最先端の科学(超弦理論)では空間の果て(ブラックホールの表面?)にある二次元の表面に情報としてあると言われています。またゼロ・ポイント・フィールド仮説では量子真空(ゼロ・ポイント)にある場(フィールド)に波動情報としてホログラム原理で記録され永久に消滅しないとも言われています。スピリチュアルではこの世のすべての出来事は、すべてであり唯一の存在である「神(私は天と言います)」の内にアカシックレコードとして記録されていると言われています。どうやら最新科学の仮説が宗教やスピリチュアルの教えと同じようなことを語り始めています。
しかしながら、よく言われるように顕在意識は意識全体の氷山の一角で約5%であり、潜在意識が95%を占めていますので、わずか5%の顕在意識ではどうしてそうなるのかのすべてを理解することはできません。95%の潜在意識に記録された思いが種(原因)となり、無意識のうちに花(行動)となり、それが望まない果実(結果)であったとしたら、それは潜在意識の中のどんな思いが原因となったのかはわからいのではないでしょうか?
私たちは、人生で直面するどんな状況にも賢く対処する能力と、自分自身を望みどおりの人間に創り上げるために使うことができる、変容と再生のための装置を内側に持っています。
「変容と再生のための装置」とはなんでしょうか?最初に読んだ時はわかりませんでしたが、それは「自由意志」のことだと今は思います。自由意志とは、潜在意識からの自動操縦(オートパイロット)に顕在意識で気づき、それを変えることのできる思考のことだと思います。
まず、自分の内側で機能している「原因と結果の法則」をはっきりと認識しなければなりません。そしてその認識は、みずからの試みと経験と分析によってのみもたらされます。
その方法については具体的に語られていないので、どうやって?とわかりませんでしたが、今は「原因と結果の法則」とは、「思考は現実化する」のことでもあり、またスピリチュアルの「引き寄せの法則」と同じことだと思います。そして、その根本的な原理とその根拠が真理であると自ら考えて気がつかなければならないと思います。著者の言う通り自ら真理を探究し続ける必要があると思います。
忍耐強い試みと入念な分析であらゆる体験の原因と結果を結びつけられれば真実に行きつくことができ、身をもってこの真実を知ることは悟りであり、知恵とパワーの獲得にほかなりません。
5%の顕在意識で95%の潜在意識にあるあらゆる体験の記録も含めてすべてを理解することは困難です。まずは自らが真理(原因と結果の法則の原理と根拠)を探究し、心底そうだと腑に落とすことが先だと思います。この世はこのような仕組みになっているという真理(真実)を知れば、原因と結果の法則(思考は現実化する、引き寄せの法則)を信じられるようになると思います。
思いと環境
人間の心は庭のようなものです。それは知的に耕されることもあれば、野放しにされることもありますが、そこからは、どちらの場合にも必ず何かが生えてきます。
私たちの環境を構成しているさまざまな状況は、どれもがみな、それぞれに、私たちの人格を構成する特定の重要な要素のあらわれである。
自分は創造のパワーそのものであり、環境を育むための土壌(心)と種(思い)を自由に管理できます。
心つまり潜在意識には顕在意識での知的な思考(自由意志)と野放しにされた無意識な思考の両方があります。無意識な思考とは潜在意識の過去の記録からのオートパイロットのことであり、自由意志を除く顕在意識のほとんどを占めていると思います。その思考による行動が結果(環境)を引き寄せます。そのため私たちは環境がどうしてこうなるのかをよく理解できません。人格を構成する「特定の重要な要素」とは何でしょうか?それは潜在意識の中で多くを占める思考が集まり強化された固定観念、先入観、思い込み、信念などといわれるもので、人それぞれ異なるものなので私は自己バイアスと呼びます。環境は私たちの自己バイアスからのオートパイロットによって創造されるのだと思います。それが望まないものであれば、自由意志の力で変えることができると思いますが、たった5%の顕在意識もそのほとんどがオートパイロットによるものであるため、著者のいうように自由に管理できるものではないと思います。ではどうすればよいのでしょうか?
心は、それ自身が密かに抱いているものを引き寄せます。
自分が望んでいるものではなく、自分と同種のものを引き寄せます。
私たちにの魂さえも、誕生に際して、それと同種の肉体にやってきます。
私たちの運命を決定する神は、私たち自身の内側にいます。私たちの思いこそがそれなのです。
「密かに抱いているもの」とは、顕在意識では認識することが難しい無意識つまり自己バイアスのことだと思います。顕在意識で何かを望んでも、無意識には望むものがないという思考や、望むものが手に入らないのではないかという疑念が必ず存在します。天はこの世を相対性の世界にされました。必ず対極が存在します。このことは別のブログにアップしたいと考えています。そして95%を占める潜在意識の中の自己バイアスが結果を引き寄せるのだと思います。
また著者は宗教(仏教)の影響を受けているように思われます。輪廻転生があり、自らの魂が仏(神)でもあるということです。私は仏教の真理も理解しきれていませんので、輪廻転生の際に魂がまた同種の肉体に宿って転生するかどうかはわかりません。人間が死を迎え、その肉体から離れた魂は天に戻るとは思いますが、その後のことは私たちにはわからないことだと思います。ただ、私たちは天のエネルギーの一部であり、魂によって天とつながっていると思います。
原因こそがまず改善されなくしてはならないのです。
自分自身を改善するということは、真の意味での自己犠牲を払うということにほかなりません。真の自己犠牲とは、心の中からあらゆる悪いものを取り払い、そこを良いものだけで満たそうとする作業です。
原因を改善するとは潜在意識を書き換えることだと思います。潜在意識の書き換えについては多くの書籍やYouTube動画にあります。そして潜在意識の中の悪いものをすべて取り払うことはできないのではないかと考えます。この世は相対ですので、悪いものがなければ良いものも存在できません。潜在意識が記録されているアカシック(天)は絶対の世界なので良いも悪いもなくただ情報として記録されているだけだと思います。オートパイロットによって私たちの顕在意識に戻された時に私たちはそれが良いか悪いかを意識します。私は顕在意識と自由意志で良いことを考えることで、潜在意識に占める悪いことの割合を超えることで良いことが引き寄せられる可能性が高くなると考えています。真の自己犠牲とは、無意識のうちにあるいは本能的に求めてしまう快楽に溺れる習慣を断つことではないかと思います。快楽も人それぞれではありますが、食欲、飲酒欲、性欲、娯楽欲、金銭欲などではないでしょうか。また、自ら考えて真理に気づけるよう探究を続けることも必要だと思います。
また、そうすれば「明確に設定した目標」を達成できるとも語っています。良いことを望んで(顕在意識で)も悪い思いを抱いていて(潜在意識にあれば)は達成できず、「原因と結果の法則」をみずからの手で深く理解することが重要であるとのことです。私は真理、つまり原因と結果の法則の原理と根拠に気づくことが先であると思います。どうしてそうなるのかが腑に落ちて心底信じられるようになれば、潜在意識にある悪いものの方が環境を引き寄せていることが多いことを理解できて、潜在意識を良いもので書き換える努力ができるようになると思います。
宇宙はつねに公平です。そして宇宙は混乱ではなく秩序です。
悪い思いが悪いことを引き寄せ、良い思いが良いことを引き寄せるのが宇宙の法則であると何度も強調されています。よって環境はその結果であると。私もそうだと思います。宇宙(天)には良い悪いはなく、ただ私たちの意識と似たものを引き寄せる法則が働いているだけだからです。
私たちは、自分の環境を直接はコントロールできないかもしれません。でも、自分の思いは完璧にコントロールできます。よって、私たちは間接的に、しかし明らかに、自分の環境をコントロールすることができます。宇宙は、私たちがめぐらす思いの具現化を、つねに援助してくれています。私たちが良い思いをめぐらそうと、悪い思いをめぐらそうと、それをもっとも速やかに具現化させるための好機の数々が、私たちの前に休みなくあらわれつづけているのです。
自分の思い(顕在意識)を完璧にコントロールすることは出来るのかもしれませんが、実際はとても難しいことだと思います。環境からの五感への入力は瞬時に潜在意識の中の同種のもの(自己バイアス)と反応し、自動的に行動を促します(オートパイロット)。顕在意識がそれを後から認知してあたかもそれが自分の意志による行動であると錯覚させらています。よって顕在意識がそのことを認識するのは至難の業だと思います。95%を占める潜在意識に記録された悪い思いをすべて取り払うことなんてできるのでしょうか。その方法がわかりません。潜在意識の中の悪い記録をすべて消すことはできないと思います。自由意志で良い思いを潜在意識に多く記録させることで、潜在意識内の占有率を増やし、強いエネルギーに強化し(自己バイアス化し)、神(天)にその波動と共振してもらえるようにするしかないと思っています。自由意志を発動するためには自己バイアスにこの真理を知っているということがなければ顕在意識で気づけないと思いますので、まずは自ら考えてこの真理に気づかなければならないと思います。
思いと健康
肉体は心の召使です。
病気と健康は、環境同様、心の中でめぐらされる思いの明らかなあらわれです。
プラシーボ(偽薬)効果と反対のノセボ(偽薬に副作用があると思わせる)効果で証明されたように、まさに病は気からということです。良い思いを抱き続ければ健康でいられるということはあり得ると思います。肉体もまた天のエネルギーの一部であり、環境同様に潜在意識にあるものを反映して引き寄せます。それが絶対的な原因と結果の法則、思考は現実化する、引き寄せの法則だからです。
思いと目標
思いと目標が結びつかないかぎり、価値ある物事の達成は不可能です。
理にかなった人生の目標を心に抱き、その達成をめざすべきです。
自分自身の思いを、みずからの手で設定したその目標に集中して向けつづける必要があります。
それによって私たちは、集中力と自分をコントロールする能力を磨くことにもなります。そして、自分をコントロールする能力を磨くことが、自分を強化する最善の策なのです。
「理にかなった人生の目標」はどうしたら見つけられるのかわかりません。もちろん私もこれまでその時点でベストを思われた様々な目標を立ててきましたが、完全に達成することはありませんでした。ある程度までは進むものの当初自分が思い描いたような結果を手にすることはありませんでした。思いと結びついていなかったのか、理にかなっていなかったのか、集中していなかったのか、どれもが当てはまっていたのかもしれませんが、いまだに本当の原因が何だったのかはわかりません。本当の原因はわからないものなのかもしれません。顕在意識で潜在意識のすべてを知ることは困難です。私たちの意識はそのほとんどが潜在意識の自己バイアスからのオートパイロットであるという真理を知っていなければならないと思います。顕在意識で思考したことの反対の思考が無意識のうちに潜在意識に生まれます。そしてそれが結果を引き寄せる可能性が高いです。このことを知っていれば目標が達成しないのは潜在意識に反対の思考がある証拠であると認識でき、顕在意識で良いと思った目標に集中して、潜在意識の中の反対の思考に打ち勝つ努力ができると思います。
「強さは持続的な鍛錬によってのみ開発される」という真実を信じたときから、奮闘・努力を開始します。
疑いや恐れは、なおも厳しく排除されなければなりません。
人間を目標に向かわせるパワーは、「自分はそれを達成できる」という信念から生まれます。
心の中から悪いものをすべて取り除く自己犠牲の努力を継続するにも、どうしたらよいかわからず、潜在意識に残ったままの状態で、環境からの入力が潜在意識に蓄積された過去の疑いや恐れなどの思いと同種であれば自動的に反応してしまいます。それでは奮闘・努力することも、新たな信念を持つこともできないと思います。精神論的な教えでは納得できません。信念は人それぞれです。やはり自ら考えて真理に気づくことが先だと思います。目標を達成するには潜在意識の中には必ず妨害する思考があることを知り、それに打ち勝つまで努力が必要だと理解できるようになると思います。これが持続的な鍛錬のことであり、強さになるのだと思います。
思いと成功
自分の心と人生を根気強く観察し、分析したならば、弱さとはそもそも身勝手な欲望から発しているものである。ということにも気づくはずです。
人間は、もし成功をめざすならば、自分の欲望の(すべては無理でも)かなりの部分を犠牲にしなくてはならないのです。
成功は、私たちがその達成をどれだけ強く決意し、その計画の上にいかに強く心を固定するかに加えて、自分の欲望をどれだけ犠牲にできるかにかかっています。
成功哲学本でもよく語られていることで、その通りだとは思いますが、実際に実行し続けるには「原因と結果の法則」が絶対であることの原理と根拠、つまり真理を理解し腑に落ちて信じられなければならないと思います。そしてそれは根気強く自ら考えて気づかなければならず、それができていないので成功を手にすることができないのだと思います。真理に気づかずに自分の人生を振り返っても何が身勝手な欲望だったのかがわからないと思います。私は身勝手な(自己中心的な)欲望から目標を立てていたと思います。自分が成功しお金を得て豊かな生活が送れるための目標だったと今なら思えます。それでも強く決意し心を固定できている人には物質的に成功する人もいると思いますが、成功を収めても最終的に失敗している人もいます。
知的達成は、知識の探究・・・生命と自然が内包する美と真実の追及・・・に捧げられた、深い思いの結果です。 精神的達成は、神聖な熱望の果実です。 大きな達成を果たしたとたんに手を抜いてしまい、あっという間に落伍者の群れのなかに転落していった人々がどれほど多いことでしょう。たとえ実業面の達成であっても、知的、精神的な達成であっても、とにかくあらゆる達成が、明確に導かれた思いの結果であり、同じ法則にしたがい、同じ行程を経て出現します。
知的達成とは、自ら真理を探究し気づくことだと思います。精神的達成とは、真理に気づきすべては天の一部であるということ知り、自分自身もその一部であると知り、天とつながっていることを悟ることだと思います。たとえ身勝手な欲望から立てた目標でも、強い決意と必ず実現できると確信できるような人は実業面で大きな成功を達成することができると思います。著者の言う通り、達成した後にその精神的な強さが弱まってしまえば転落してしまうのだと思います。天には善悪がありませんので、意識しているものを引き寄せるだけですので、成功した後に富を失う恐怖心などが芽生えれば失う可能性が高まるのだと思います。
ビジョン
理想を抱くことです。そのビジョンを見つづけることです。あなたの心を最高にワクワクさせるもの、あなたの心に美しく響くもの、あなたが心から愛することのできるものを、しっかりと胸に抱くことです。
気高い夢を見ることです。あなたは、あなたが夢見た人間になるでしょう。あなたの理想は、あなたの未来を予言するものにほかなりません。夢は現実の苗木です。
著者のこの言葉を心底信じられますか?ビジョンを抱くことは大切なことだとは理解しますが、私は自ら真理を探究して気づき、腑に落とすことが先決であり、それができていなければ信じることができず、信じていなければオートパイロットが働きません。単にビジョンを抱くだけでは現実化することはないと思います。必ず反対の思いが無意識のうちに潜在意識に生まれると思います。「原因と結果の法則」の絶対性をその原理と根拠から理解しなければならないと思います。
穏やかな心
「心の平和」とも呼ばれる、そのこの上なく貴重な人格的要素を身につけることは、私たち一人ひとりの究極的な目標です。それは知恵の極致であり、黄金以上に求められてしかるべきものです。・・・穏やかな心は、真実の海のなか・・・水面から遠く離れた、いかなる嵐の影響もおよばない永遠の静寂のなか・・・に住んでいます。
心の中の風や嵐をみごとにしたがえて生きているのは、自分の思いの浄化とコントロールをなし遂げている、ほんの少しの、真に賢い人たちだけです。
自己コントロールは強さです。正しい思いは熟練技術です。そして、穏やかさはパワーです。心に語りかけることです。「静かにしていなさい。穏やかにしているのです!」
著者はいわゆる悟りの境地にたどり着いたようです。この世の真理を理解したのだと思います。100年以上の前には未だ最新の科学仮説などはありませんでしたので、いにしえから語り継がれてきた宗教や哲学などの知恵を学び、自らの深い思考によりたどり着いたのだと思います。
この本で語られていることはその通りであると思います。ただ私たちが自分自身でもそれが真理であるということをみずからの手で理解し腑に落とさなければならないと思います。「原因と結果の法則」がなぜ真実なのかという原理、その根拠を探究することが先だと思います。潜在意識からの無意識的なオートパイロットは本当に強力だと感じています。自分の思考に注意を向けてみると、本当に無意識的に思考し行動していることがほとんどだと感じています。
ということで、「原因と結果の法則」を私なりに読み解いてみましたが、「原因と結果の法則」が絶対であるという原理や根拠が示されていないので、腑に落ちず信じ切れずにいました。私は最新の科学仮説にスピリチュアルと同じようなものがあり、左脳で理解できたので、すべてが繋がった感じを抱きました。今は「原因と結果の法則」で語られていることは真理だと信じられます。