意識の大元
天自身もそれらの自らの中の創造物が何かは最初はよくわかなかったので、それらを表現し、意識でき、そして記憶できるようにと、それらに形と音と言葉を与えました。
形(見えるもの)と、音(聞こえるもの)と、言葉(文字と数字を含む)、総称して「データ」と言うものを創りました。
「言う」とは、ここでは天が言葉を創って与えることとします。
言葉は文字や数字として形があって見えるものでもあり、音として聞くことができるものでもあります。
日本では言葉には「言霊」があると言い、霊力があると言われていますが、まさに天の創造物の一つだと思います。
新約聖書のヨハネによる福音書の冒頭部分には「はじめに言葉あり」ともあります。
またデータは「情報」とも言えますが、情報というと日本語では「インフォメーション」という意味合いが強く現在では様々な意味に使えるので、私は天が創造したものを総称してあえて「データ」と言います。
天のデータはきっとアナログと言われるようなすべては連続して繋がっているものだと思いますが、あまりにもデータ量が多くて人間が作った機械では扱いきれなくなったので、後にデジタル化と言う方法でサンプリングして離散的にすることでビット(0と1と言う数字)に変換することができるようになり、電気信号処理(オンとオフ)処理が可能になりました。
現在ではコンピューターによるデジタルデータ処理として、見えるものは画像や動画のデータになりますし、聞こえるものは音声データになりますし、言葉は画像や動画と音声の両方のデータになります。
人間の脳の仕組みもコンピューターの電気信号処理のように、ニューロンでの電気的な信号のオンとオフが元だそうですので、私たちが現実を認識している仕組みも脳でのデータ処理だと言えます。
その「データ」はあくまでも天自身の内部にある一部分ですが、私たち人間にもなぜかそれらを認識できて天と同じように形のあるものとして見ることと、音として聞くこと、言葉で表現して、意識できて、そして記憶もできるようになりました。
「意識」とは天が意図して創造したデータを見て聞いて言葉で表現して記憶できるようにするためにはどうしても必要な機能(メカニズム)なのだと思います。
また物質の大元は天が創造した見えるデータとも言えます。

